[BATI-HOLIC が出来るまでの話・3]

最終更新: 2019年9月3日

続き。


大学卒業後、平くんから東京で公演するから一緒にやろうとお誘いされました。

仕事あるし無理、と言ってお断りした所までが前回のお話。


平くんは、自分がこの人と音を出したい!と思う人に、片っ端から声をかけていたようです。

この頃はまだ、お酒を飲んでもちゃんと意味の分かる話が出来る人でした。

その情熱が伝わって、多くのメンバーが集まりました。

黒さんと充も、参加を決めました。

松上はまだ大学1年生で、平くんと共演した事もない童貞だったので、声がかかりませんでした。


多くの仲間たちが東京公演参加を表明していく一方で、俺はずっとお断りしてました。

いや会社員してたら東京で公演とか無理です。みたいな事を言っていたような気がします。

強引に時間作って和太鼓やりたい!舞台つくりたい!という欲求が、あまり無かったことの表れだったと思います。


そんなある日、東京公演の会議と夕食を兼ねた集まりに参加する事になりました。

俺にとって敬愛すべき、伝説のサークル創設メンバーである黒さんもそこにいました。

黒さんは俺に「東京公演に参加してほしい」とは一言も言いませんでした。

代わりに、みんなの前で「舞台演出を担当する人がいなくて困ってる」と言いました。

サークル時代、舞台演出は俺の担当だった事をふまえて、それを知ってるみんなの前で「舞台演出を担当する人がいなくて困ってる」と何度も言いました。

俺は聞き流していましたが、黒さんは「本当、このままじゃ困るよね」と繰り返し言いました。

その場はだんだん「中島が参加しないせいで東京公演がヤバい」みたいな雰囲気になりました(俺目線)。


俺は大学時代の友人たちから白眼視される事を恐れ、つい「参加する」と言ってしまいました。

けれど仕事してたのも事実なので、「演奏はしないけど、演出チームには加わる」という事で許してもらいました。


黒さんのやり方があまりにもいやらしかったので、

この人の事を必要以上に敬愛するのは、もうやめようと思いました。



つづく