[BATI-HOLIC が出来るまでの話・2]

最終更新: 2019年9月3日

中島です。


大学4年間のサークル活動を終えて、それぞれがそれぞれの道を歩み始めました。


俺は金融関係に就職して悪の手先のような営業をしてました。

充は就職仕掛けたけど、ダラブッカに出会って、一転ミュージシャンの道を選びました。

平くんはNPO関係の仕事してたと思う。

黒さんはバンドやってた。

松上は入れ替わりで、和太鼓ドンを頑張ってました。


大学時代に学んだ太鼓や踊りのルーツは、ほとんどが日本各地の郷土芸能で、サークルではそれらのコピー曲ばかり演奏していたから、和太鼓を扱って自分自身の音楽を見つけたい…という欲求は元々大してあるわけでもなく、大学を卒業して環境が変わってしまえば、それらから遠ざかる事はごく自然な事でした。


この時点で音楽で食べていきたい、と考えていたのはバンドマンだった黒さんと、パーカッショニストとして歩み始めた充の二人だけだったと思う。

少なくとも俺は、何も考えずに生きてた。この仕事給料良いなー、とか思いながら。


そうやって、それなりに忙しく、でもぼんやりと生活していた2003年の秋頃かな?なんかそのくらいの時期に、平くんから連絡が来ました。


東京で、サークル時代の仲間達とコンサートするから、出ようぜ!と言われました。


普通に仕事あるから無理w

といって断りました。


つづく